ある日 4 |
何が起こっているのか解らないといった顔で呆然と
立ち尽くすアンドレだったが、見る間に頬に赤みが挿し、
後ろを振り返ると、執務室のドアを閉めて錠旋した。
あ、やばい。やりすぎたか!
「オスカル〜〜〜!おまえ〜!」
私も立ち上がり、机を挟んで睨み合いになったが、
次の瞬間2人同時に噴出し、右に左に追かけ合いになった。
「やったな!待てこの小悪魔!」
追いかけて来るアンドレは、笑っていてくれた。
良かった、済まなかった。私も笑いながら逃げ惑い、
笑いすぎの振りをして、涙をぬぐった。
「あはは、参ったと言え、アンドレ!」
「誰が参るか、捕まえてのしてやる!」
「ここは何処だ?アンドレ・グランディエは品行方正ではなかったのか?」
「そんなものは今日を限りにおさらばだ!」
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アンドレは私を追いまわし、とうとう私は部屋の隅に
追い詰められてしまった。
壁に背をつけた格好で、後のない私の両肩の上の壁に
両手をついたアンドレの顔が至近距離に。
2人とも息を弾ませているのでお互いの吐息を直に感じ、
余計に動悸が早くなる。視線が合った。吸い込まれそうだ。
このまま抱きしめられてもいいと思った。
…ちがう。
抱きしめられたかった。
アンドレが大きく息をつく。 |
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「お仕置きが必要なようだな、オスカル」
「目が笑ってるぞ」
「いや許さない」
「どうするつもりだ」
「こうしてやる!」
うわっ。アンドレはいきなり私の腰を抱き、自分の肩に担ぎ上げた。
そして降ろされたのは執務机の前の椅子。
間髪いれずに音を立てて私の目の前には書類の束が積み上げられていく。
腰に両手を当て、仁王立ちになってアンドレが言った。
「本当なら、縄で椅子にくくりつけてやるところだがな、それは許してやる。
その代わり今日はこの書類の処理が終わるまで、そこを動かさないぞ。
食事と飲み物は運んでやる。わき目も振らずに仕事しろ」
一気にまくし立てた後、ふっと優しい顔になる。
「そして、今日は明るい内に早く帰ろう。疲れてるはずだ、早めに休め」
「それがお仕置きか?」
「そうだよ。おまえにはいちばんこたえるだろう?」
…なんでそんなに優しいんだ。泣きたくなるじゃないか。
成る程、痛い目にあうよりよっぽど効いた。
「おまえは監視官というわけか…」
「監視官も兼ねてはいるが、強力な助っ人はどう?」
「それならいつもと一緒だ」
「いや、今日は徹底的に監視もする。脱線、お遊び一切なしで、早く終わらせる事に徹する」
「トイレは?監視つきか?」
「俺が替わりに行ってやる」
「やってみろ」
声をたてて笑い合った。
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「さあ、お喋りはこれ位にして一気に片付けるぞ。2人ならすぐだ」
おまえはとんとんとばらけた紙をそろえ、
ぽんと私に渡して寄越すと、自分も作業に取りかかる。
そこで、私はあることに気がついた。
アンドレ、夜勤明けじゃないか。それに一昨日もおまえは
私の月末業務に付き合って眠っていないはずだ。
「おまえは半日勤務免除になっている。仮眠しろ」
「我が隊長殿は、見張っていないとすぐに机から逃げ出すからな。
しかも半日目を離した隙によくこれだけと感心するくらい
書類がとっ散らかっている。あともう半日なんて怖くて放って置けないよ」
「命知らずのやつだな、もう一度言ってみろ」
「修羅場を潜り抜けたばかりの俺にそんな脅し、今更効かないね」
「頑固者」 |
「オスカル」
アンドレの右手が私の左手首を卓上で抑えた。
きゅぅ…ん!
掴まれているのは手首なのに、心臓をきゅっと握られたような
切ない痛みが胸の奥に走る。
「俺がいなけりゃお仕置きにならんだろ?
それに俺もお仕置きが必要なんだ、違うか?オスカル」
そんな声で、そんな笑みで私を包むな。おまえの人間の深さに圧倒される。
「では、見張っていてもらおうか」
こんな言い方しか出来ない私に、
おまえはまたこぼれんばかりの笑顔をくれる。
アンドレ、毒食らわば皿までと言うだろう?
いっそ一生見張っていてはくれないか。
おまえの今日の悪ふざけ。最初は確かに腹が立った。
騙されたのは悔しい。どんな勝負でも負けるのは
大っ嫌いだからな。
だけど、おまえが私をかついだと分かった時、
怒りもしたが悲しかったんだぞ。
…嘘だったのか…と…。 |
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アンドレ、おまえ、ひとの恋路の手助けをしている場合じゃないぞ。
私を口説いてはくれないか。
自慢じゃないが、私は素直に出来ていない。
負けず嫌いもきっと一生治らない。
私が素直になる日を待ってなどいるな。
おまえがその気になれば、今の私は簡単に落とせるぞ。
いや負けず嫌いの私としては多少の抵抗もするかも知れないが、
おまえは私を知っているはずだ。
それに今までおまえが通ってきた道程に比べれば、
わたしの今出来る抵抗などささやかなものだ。
おまえはクリュティエなんかじゃない。
器用だけれど不器用で、絶望的に間が悪い、
莫迦で賢い私の愛しいピグマリオン。
fin
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*ピグマリオン
キプロスの若い才能ある彫刻家
アフロディテをモデルに美しい彫像を彫り上げ
るが、その彫像に恋をしてしまう。
ひたすら彫像を愛し続ける彼に折れた女神が
彫像に命を宿す。
愛することを知る者
愛の力を知る者
と、言われている(らしい)
* クリュティエ
(ついでに‥)女性ですが細かいことは
気にしないことです(ジェロっちか!)
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あとがき
ベルばらいろいろ絵23に置いています拙作「ある日」続編「窓越し」を元にもんぶらん様が書いてくださった
ものです。あの絵からどうしてこれだけの文章ができるんでしょうか?!私はもうひたすら感動です。
なんともツボにくるところで、きっと皆様の心のコリも取れたことと思います…!
私としては絵にしたい場面てんこ盛りで、描きながらも文章を読んではニタニタしておりました。
本当は文章だけで出すのがベストだと思いますが、そこは管理人であるわたくしの特権?!?!で
勝手に手を加えさせていただいてしまいました〜!
(「窓越し」はちょっとオスカル様の表情が元絵とは変わっていることにお気づきでしょうか?)
もんぶらん様、本当にありがとうございました〜!!!
「『ある日』のアンドレ」〜続「ある日」〜
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