「そんなに驚いたか?悪かった」
ああ、すぐこれだ。そんなに優しい目をして微笑みながら謝るな。
逆襲する気が失せるじゃないか。だからおまえはスケコマ…止めよう。
そうだった、おまえとはどうしたって報復合戦が続かないんだ。
おまえに戦意を保ち続けるのは容易じゃない。
「フランソワはもしかして、辛い想いをする事になるのではないか?いいのか?」
仕方がないので、話題を彼に振った。世間に疎い私でも、城壁外の遊興地区の踊り子が、
踊り子だけをしているのではないことくらいの想像はつく。少々気にもなっていた。
「全く、ピエールのやつ余計なことを…。
最初にやつに聞いた時は思いっきり冷たく突き放して見たんだよ。
かなりきつい言葉で、真剣に恋をしてはいけない相手じゃないか、と。
あいつ、凄い剣幕で食い下がってな、絶対に諦めないって。
その様子を見ていたら…あいつならひょっとして乗り越えていくんじゃないかと思えてな…。
辛い目には遭うだろうけど理屈抜きでこれだけは譲れない事ってあるだろう?
俺は…あいつにそれを感じたんだ。あいつには欲しいものを勝ち得て欲しいと思うよ」
アンドレそれは…。私はまたしても言葉を失う。
「それにしてもだ、オスカル。おまえが俺をあんな風に思っていたとは意外だったな」
一瞬陰りを見せたアンドレの瞳に悪戯っぽい光が宿る。
「そうか?そう思っているのは何も私だけでは無いと思うぞ。帰ったら侍女達何人かに聞いみろ」
しれっと言ってやった。
「聞けるかそんなこと。いいからかいのネタになるだけだ。
しっかし、俺にも色男の小技が使えるんだな。
おかげで自信がついたよ。今日はいい日だ」
それは良かったな、馬鹿者。あんな小技が問題なんじゃない(と、言う割には強烈だったが)
人が魅了されるのは、それを知ってしまうと2度と手放したくなくなる、
お前が無意識に人に与えるあの暖かい空間だ。
その中にいると、どんな事があっても受け入れてもらえる安心感に擁かれて、
素直な自分に立ち帰る事が出来るんだ。
考え付く限りの享楽に溺れながらも本当は孤独な貴婦人達の何人か(いや、何十人か?)が
本能的にそれに気づいてお前に興味を示していたことが、今になって良く分かる。
最初からその空間の中にいて、外側だけを見ていた私の方が、気づくのが遅かった。
そしてまだ気づかない鈍なやつ、それはおまえだ!見てみろ、でかいなりして反抗期真っ盛りの兵士達ですら、
おまえにはまるで無防備な姿を見せている。そのおまえの眼差しが女性に注がれた時、
何が起こるかおまえには分かっていない。ああ、くそ、昔は平和だった。