『ヒルダの子守唄』2

 準備は完了し、監視役のトトが兄の元へ戻った。
 戦いの角笛を吹き鳴らすために。
 グルンワルドが出陣する。
 ほら、戦いの雄叫びが聞こえる。吹雪の狼が時を窺っている。終わりの時が始ま
る。
 こんなに心が痛い。
 マウニが、フレップが、ボトムが、子ども達が狼に蹴散らされ、踏み潰される。
蹂躙される。
 嘆きが村々に響きわたる。

 

 その時、私はひとり。
 偽りの歌は、私を一人ぼっちにした。
 振り向いても応えてくれる人はいない。
 笑いかけても、誰も応えてはくれない。一緒にいて大丈夫だと抱きしめてくれる
人もいない。
 そんなこと、慣れっこになっている。
 いつだって私はひとりで、それでいいのに・・・
 なのに、なぜ、こんなに胸がざわざわするのだろう。
 なぜ?
 ・・・寒い。

 季節は収穫の秋を終え、厳しい冬が始まる。
 冬が悪魔に力を与える。
 すべてを凍えさせ、破壊する悪魔の力と同質の真冬の威力。
 悪魔の力が一年中で最大になるこの季節。
 勝ち誇るグルンワルドにこの村は襲われ、何一つ残るものはないだろう。
 人が生きた。
 その形跡さえここには残らない。
 ホルスがここに来て、ここで生きた、その証さえ。



 あなたは私の中の悪を追い出すという。共に生きるために。
 私は寂しかった。
 善と悪は別個のものではない。
 ホルスにはわからないのだろうか。
 悪は善にもなり、善は悪に通じることを。
 悪を憎むばかりでは、人々が心を合わせることなどできはしない。どんな人間
の心の中にも、善とともに悪が息づいているものだから。

 ホルスは眩しすぎる。

 私の命の珠よ。
 マウニたちを救って。
 この愛しい少女を一人ぼっちにさせないで。
 私のように。
 そして、
 ホルスに伝えて・・・

 さよならの言葉を。

 私は微笑む。
 これでいいのだ、と。

(ワタシヲ忘レナイデ・・・憎マレテモイイ)



 あなたはいつだって愛される。
 皆があなたと共に戦うことを選ぶだろう。
 共に力を合わせて生きることを喜ぶだろう。
 失われた信頼は、より強固な信頼となって互いの絆となる。きっとできる。ホル
スならきっと。
 新しい明日に向って。
 あなたは太陽のように、皆を愛し、皆に愛される。長所も欠点も含めて。自分を
犠牲にしてまでも、他者を救おうとするあなただから。
 あなたは太陽。
 そう、太陽は恵みを与え、万物を育むだけのものではない。
 同時に、悪を憎み、滅ぼし去る激しさをも持っているのだ。

 太陽に憧れ、太陽に灼かれて死ぬ虫の運命を、あなたは笑いますか?

 誰か伝えて。
 太陽に愛されたあの人に。
 さよならの言葉を・・・

 光が満ちてくる。

                 Fin

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