『ヒルダの子守唄』   文:Nappa様   絵:カオル



  ヒルダの子守唄

 昔々 神様がいいました
 おやすみ みんな
 優しい 私の子供たちよ

 昔々 かわうそがいいました
 お願い 神様
 黒熊の腕に 鉄の鎖
 おやすみ かわうそよ
 黒熊の腕は もうはねた

 昔々 熊どもがいいました
 お願い 神様
 かわうそが 小魚荒らします
 おやすみ 熊たちよ
 かわうそたちは もう火にくべた

 昔々 神様がいいました
 おやすみ みんな
 優しい 私の子供たちよ

         (深沢一夫作詞、間宮芳生作曲)


「マウニだけは助けます」
「マウニだけを助けてどうなるの?もう一人のヒルダが生まれるだけさ。悲しくて
も泣けないヒルダが生まれるだけだよ」

 このチロの言葉に、私は言い返すことができなかった。
 私は悪魔の妹。
 悪魔の妹として今日まで生きてきたのだ。
 この村に来たのだって、幸せなこの村を滅ぼすため。この地に破壊と混乱をもた
らすため。
 私の歌は人々を酔わせる。
 酔いしれて、人は勤勉さを嘲うようになる。互いをあげつらい、足を引っぱり、
自分のなかに閉じ篭もるようになる。
 そこに隙が生じる。
 悪は外から来るものではない。
 人の心の隙に、盗人のように忍び込むのだ。
 婚礼を控えた、幸せそうなルサンとピリアの様子に苛立ちを隠せず、婚礼をぶち
壊したのは私。
 世にも恐ろしい、呪われた婚礼を演出してやった。
 なのに、ピリアをいたわるルサンと、ルサンに応えるピリア。互いを責めるとこ
ろか、傷ついても立ち上がる。
 信じることを恐れない信頼に満ちた姿。
 その姿が私を打ちのめし、かわいいマウニの信頼が私を縛る。


 どこにでもある村だと思った。
 皆が、それなりの嫉妬ややっかみを抱えながら、表面は取り繕って暮らしている、
普通の村。
 どこにでも権威によわい男や、自分に自身の持てない指導者はいるものだし、そ
れに取り入ろうとする狐のように狡猾な男も、威張るしか能がない愚かな男だって、
何処にでもいるものだ。
 そこをちょっとつつくだけでいい。
 私は幼い少女だった。
 力ない、幼い少女は、それだけで人の警戒感を薄めることができるのだろう。私
の前で、大人は打算を見せて平気だ。それを恥じない。
 愚かな男たち。
 あどけない表情で、口調で、私は囁いてあげる。
 男たちが信じたいと願うことだけを。
 それだけで男たちは自分から崩れ、家庭を壊し、さらに他者を巻き込んで救いが
たい情況になる。
 夫が妻を、友が友を裏切って平気になる。
 村が割れる。
 ふふ。馬鹿な大人たち。
 私の仕事はそこでお仕舞い。あとは兄のグルンワルドが仕上げをするのだ。バラ
バラになった人間ほど弱いものはない。
 いつもいつも、こうやって村を滅ぼしてきた。この村だってもう時間の問題。
 なのに。

 一人の少年が、私を落着かなくさせる。

 ホルスには私の歌が効かない。心を蕩けさせることはない。
 ホルスはまっすぐに私を見る。私のすべてを見透かそうとするかのように。
 手を差し伸べる。悪魔の妹の私に。
 顔を背ける私を、ホルスは何と思っただろう?

 呼ばないで!
 私の名を。

 あなたの髪は太陽の香りがするから。

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