「二人とも、馬の国はどうだ?」
「馬の国は・・・ねえ、アンドレ」
「うん、なんだかコワイよね・・・」
「それならジャポンに行きたいよね」
「うん」

 将軍は微笑んだ。ジョナサン・スウィフトの真の狙いを理解するには、やはりまだ早過ぎるようだ。

「さあ、この本はアンドレに返そう。アンドレ、この本がすらすら読めるくらい英語ができるようになったら、 オスカルと共にシェイクスピアの劇に連れて行ってやろう」
「ありがとうございます、だんなさま!」



仲良く部屋に戻る二人の後姿を、フフ・・・と含み笑いしながら見送ると、 いつの間にやら妻がお茶の用意を整えていた。

「すっかり夢中ですわね」
「予想通りだ。オスカルに至っては必ずアンドレの本を奪い取ってでも読むだろうなと思っていたよ。 たくましい"息子"だ」
「ですけれど、あの本・・・『ガリバー旅行記』でしたかしら、確かイギリスでは出版禁止の本ではありません? 何でも国王陛下を侮辱する内容だとか・・・」
「イギリスは我が国の長年の敵だから別に構いやしない。敵の敵は味方だ」
「・・・」
「大丈夫、二人ともまだまだ子供だ。神をも恐れぬスウィフトの風刺的な意図なんて気付きやしないさ」
「あなたったら・・・」

 妻は静かな音を立てて、将軍の好みのカフェ・オ・レを注ぐ。

「・・・あいつ・・・冒険家になりたい、と言っていたぞ」
「まあ・・・あなた、それで?お許しになりましたの?」

「いいとも悪いとも言わなかった。子供の頃は存分に夢を食っておけばよい。 大人になるにしたがって自分に課された役割と運命をいやでも自覚させられるのだから」

 将軍は、満足げに笑うと、妻の入れたカフェ・オ・レをゆっくり味わった。
 しかし、子供は大人が思うよりもはるかに鋭敏な感受性と、思考能力を持ち合わせていたのだ、 と実感させられるのは、それからおよそ25年後のことであった。

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