”運命の扉の前で”

幾度となく馬を駆った、この道。
屋敷から兵舎へと続く一本道。
すぐ後ろからは、アンドレが騎乗した馬の蹄の音が響く。
幾度となく繰り返されてきた日常。
だが、今日は違う。
私はもう、振り返らない。
この道は、私たち二人の、希望へと続く道。
私はこうべをまっすぐに上げ、瞳をしっかりと開いて、
この道を進んで行こう。
恐れるものは何もない。
もう私は、一人ではないのだから。


朝靄の中、俺たちは駆けて行く。
夜の闇に冷やされた空気が俺たちを包む。
俺は瞳を閉じ、新鮮な空気を胸いっぱい吸った。
これから、新しい一日が始まる。
その先に見えるのは、希望か、それとも…。
あいつは、一言も発しない。
だが、その横顔が、今日は特別な日なのだと語っている。
俺と共に生きると言ったお前。

それは、お前が、今まで愛してきたものと決別しなければならないということだ。
この、時代の節目を、俺たちの未来を、俺はお前をしっかりと腕に抱き、
見つめ続けよう。


出動命令が出たと言った時、母さんはただ黙って、頷いただけだった。
弟や妹たちには何も言っていない。
俺は、母さんや、弟たちのために衛兵隊に入ったんだ。
父さんがいない俺たち家族の中では、俺が稼ぎ頭になるしか、なかったから…。
初めて靴を買ってやった時の、あいつの嬉しそうな顔。
硬くなりかけたパンを、嬉しそうにかじっていた、あの顔。
おかしいな。
今頃、なんでこんなことばっかり思い出すんだろう。
いつものようにパリの街を巡回したら、またここに戻って来るのに。
そう、戻って来るんだ。
あいつらの元に…。


新しい時代の扉は、今、開こうとしている。
どんな出来事がきっかけになるのかは、わからない。
だが、俺のカンに狂いはないはずだ。
今まで何度となく、“今だ。”と感じたことがある。
時代と時代の歪が生み出した熱いエネルギーは、 今こそ出口を求め、暴れだすに違いない。
そして、新しい夜明けが来るのだ。
我ら名も無き民衆が、歴史の第一人者となり、新しい時代の扉を開く。

時は、来た。


昨夜はなかなか眠ることが出来なかった。
“出動するだけだ。進撃ではない。”
その言葉が気休めにしかならないってことは、みんな知っている。
外国からの軍隊は、王室をパリ市民から守るために配置されたと、
班長が言っていた。
じゃあ、俺たちは…?
“何があっても、自分に付いて来てくれ。”
隊長は、そう言った。
隊長のことは、信じている。でも…。
班長は、どう思っているのだろう…。
俺は、どうしたら良いのだろう…。
この門を出たら、いったい何が待ち受けているのだろう…。


俺みたいな貧乏貴族は、陸軍士官学校に入ったら、
衛兵隊に入隊するもんだと決められているようなものだった。
俺も、そのことに敢て疑問は感じなかったし、他に選択肢もなかった。
パリ市民と同じような暮らしを営み、同じくらいひもじい思いをしているのに、
名前に“ド”がついているというだけで、人々から嫌われ、
肩身の狭い思いを強いられる。
そんな遣り切れなさをいつも感じていた。
もちろん、パリには家族が住んでいるのだから、
パリ市民を守るのだということに不満はない。
いつだったか、巡回に出た時、新聞記者らしき男が
街頭演説をしているのにぶつかったことがある。
時代の流れを変える?俺たちが?
本当にそんなことが出来るのだろうか…?
でも、何となく、変わる事が出来るような気がする。
あの、隊長の下でなら…。


とうとうこの日がやって来やがった。
“出動”?ハッ!笑わせるな!
恐れ多くも贅沢三昧の王侯貴族どもは、俺たちにも感情があるってことを
お忘れのようだ。
暴動鎮圧だって!?
俺たちの家族に向かって、銃口を突きつけろって言うのか!
俺は、俺たちB中隊は、あの隊長が“自分もパリに行く”って言ったから、
行くだけなんだ。
隊長が何を考えてるかなんてのは、わかりゃしないさ。
だが、あの人がそう言うのなら、信じるしかないだろう。
実際、先のことなんて誰にもわかっちゃいない。
フランスのため?
いいや、生きるためさ。俺たちが生きるために、俺は行くんだ。
ただ、それだけだ…。


7月13日─。
それぞれの夜が、今、明ける─。


〜FIN〜





あとがき

7月13日UPの拙作から、かろりーね様がモノローグ・ショートストーリーを書いて下さいました!
13日に、衛兵隊をテーマに書こうと思っておられたのがそのままになっていたところに
あの絵を見て…ということで、それぞれの独り語りで構成されています。
本来なら7月13日にUPするべきものなのですが、それでは来年送りになってしまいますし、
といって、通常通りでUPするのも…と思って、どのタイミングでUPしようか思案しておりました。
が、8月終りということで、ひとつ夏の区切りになる時期かと思い、ここでUPさせていただきました。
かろりーね様、本当にありがとうございました〜!!!